きりたんぽ発祥の地かづの

更新日:2026年01月30日

ページID : 14215

秋田県鹿角市はきりたんぽ発祥の地

本市は、秋田名物「きりたんぽ」の発祥の地です。

発祥の地と言われる由来は、次の通りです。このほか、きりたんぽ発祥の地協議会のホームページに掲載されていますので下記リンクからご覧ください。

歴史的観点から

鹿角の伝説より
「昔、南部の殿様が鹿角の山中で空腹をかかえて、とあるマタギ小屋にたどりつき 長い串に飯を握りつけて焼いたものをご馳走され、あまりのうまさに「ウム、これは美味なる ものじゃ、形が槍のタンポ(刃の部分を覆う鞘のこと)に似ているからこれからはタンポというが良いぞ」とおっしゃったので、それからタンポというようになった……」
阿部真平氏(故) 鹿角タイムスより(昭和54年10月10日)

2つの由来が掲載された。

【1】きりたんぽは昔、八幡平の老沢、トロコの熊狩り猟師達の夕食だった。 トロコ、深、熊沢(八幡平地区の集落名)の熊撃ちのマタギは、熊を追うときの飯は、握り飯ではなくたんぽであった。クルミみそを付けて焼いたタンポと、タンポにニンニクみそをつけたものを食べた。しかも、二日分も三日分も背負って歩き、飯は炊かなかった。熊を撃てば、熊鍋にタンポを切って入れて賞味をした。 ある時、志張の西で発見した熊を追って夜明島へ、夜明島から玉川温泉の西北の柳沢 へ、そして柳沢から土ケ久保へ追って、阿仁のマタギの協力で熊を撃った。 早速、熊鍋にタンポを入れて食べたら、阿仁のマタギ達は大喜びして熊鍋にタンポを入れて食べることをマネするようになった。

【2】湯瀬温泉関直旅館(湯瀬ホテルの先祖)に湯治中の南部藩の殿様が、トロコの熊うちマタギに 同行し、熊を撃ったのが夕刻だったためトロコ温泉に一泊、熊鍋の美味しさを楽しんだが…。 殿様は、奥の部屋で重臣と熊鍋の晩酌を楽しみ、白飯一杯食べて小用に立ち、マタギたちの 部屋を通ったら、老沢の山口さんらマタギ達は飯でなく、タンポを熊鍋に入れて飯の代わりに 食べていた。殿様が「何の飯だ」と聞いたら、「タンポを切った飯だ」との答えに、「タンポを切ったのなら “キリタンポ”ではないか?」と教えられ、マタギたちもその夜からタンポ飯ではなく、 キリタンポと呼ぶようになった。 「殿様がたいへんうまいご馳走だと誉めた…」ので以来、八幡平地区ではご馳走として普及し 花輪、尾去沢、柴平の人たちもきりたんぽをご馳走料理として愛用するようになった。

きりたんぽの語源

tannpogogennsetumei

【 槍のたんぽ説 】
槍の鞘をたんぽと呼んでおり、串に飯を握りつけた形が、槍の鞘のたんぽに似ているから・・・

【 蒲の穂説 】
鹿角地方では”蒲の穂”をたんぽと呼んでおり、串に飯を握りつけた形が蒲の穂に似ているから・・・

11月11日は、「きりたんぽの日」

tannpokomatityannpo-zu10

たんぽが囲炉裏に立って焼かれている姿が「1111」と似ていることから、
11月11日は「きりたんぽの日」として認定されました。
11月11日はみんなできりたんぽを食べましょう。
また、鹿角市のキャラクター「たんぽ小町ちゃん」の誕生日です。

きりたんぽ発祥の地協議会

発祥の地鹿角きりたんぽ協議会では、その昔の猟師や山子の人たちが食べた鍋の味を再現する雉(きじ)出汁ベースのみそ味スープを開発し、道の駅かづので販売しています。比内地鶏出汁しょうゆスープとはまた違った濃厚な味わいをお楽しみください。

この記事に関するお問い合わせ先

産業活力課 観光交流班

〒018-5292 秋田県鹿角市花輪字荒田4番地1
電話:0186-30-0248 ファックス:0186-30-1515
お問い合わせはこちらから